【子どもの貧困 小児科の現場から】和田浩医師連載記事紹介

2023.09.11

お知らせ

当院小児科の和田浩医師が、共同通信の配信で「子どもの貧困 小児科の現場から」と題して12回の連載を行いました。

(掲載紙は、信濃毎日新聞、秋田さきがけ、伊勢新聞、中國新聞、北日本新聞、京都新聞、東奥日報、熊本日日新聞、長崎新聞、日本海新聞、河北新報、山陰中央新報、静岡新聞、下野新聞、埼玉新聞、大阪日日新聞など。)

掲載日は各紙ごとに異なりますが、2022年10月から2023年7月にかけてでした。

内容を紹介いたします。

 

【1】ある母親の一言がきっかけ
【2】100点ではないけれど
【3】500円が払えない
【4】何も見えていなかった
【5】困難に気づく「サイン」
【6】なぜ助けを求めないのか
【7】多職種で知る親子の背景
【8】自分の命、諦めないで
【9】歯は食いしばっていない
【10】やつれた母は泣き崩れた
【11】支援の乏しさ、現場で実感
【12】心を寄せる一人になる

【1】ある母親の一言がきっかけ

 きっかけは、あるお母さんの一言でした。「お姉ちゃんが、もうすぐ中学生になるんだけど、制服代が高くて…」。私が勤務する病院の小児科の受付で、診察後の支払いの際に、ふと事務職員にこぼしたのです。
 小児科では、いつも昼休みにミーティングを行っています。その場で、お母さんの一言と経済的に苦しそうな様子が共有されると、別の職員が「うちの病院には職員が500人もいる。子どもがその中学の卒業生という人も多いから、お下がりの制服なら、もらえるかも」
 呼びかけてみると、ある看護師が「着てくれる子がいるなら使って」と翌日、クリーニングされた制服を届けてくれたのです。
 それ以来、小児科の看護師や事務職員らは、受診する子の親たちの言葉に、注意深く耳を傾けるようになりました。すると雑談の中で、経済的に苦しい人が漏らす本音を聞き逃さなくなります。「こんな物があれば」というニーズもキャッチすることも増えました。
 ニーズにさっと対応できるよう、今では小児科の棚には、缶詰やお米などを常備しています。どれも病院職員や、農家など地域の方たちが寄付してくれたものです。
 常備してない物品のニーズがあれば、病院職員向けの一斉メールで「提供してくれませんか」と呼びかける。大抵の物は集まります。習字道具やリコーダーなどの学用品から、暖房器具や自転車まで。
 フードバンクやリサイクルのような取り組みですが、小児科で実践する意義は小さくありません。困窮しても「援助を受けるのは、恥ずかしいこと」と思い込む親は、珍しくないのです。でも子どもが風邪をひき「小児科に行ったら、お米もくれた」となれば抵抗感が薄まる。そんなハードルの低い支援ができると実感しています。(小児科医・個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【2】100点ではないけれど

 「またコンビニ弁当なの?子どもにはちゃんと作ってあげなきゃダメだよ」。幼い子がいる母親が、夕飯を買った弁当にすると、そう言われがちです。
 小児科医としてさまざまな親子に出会ってきましたが「弁当を買うのもやっと」という親は、珍しくありません。生活のために仕事を掛け持ちして、毎日へとへと。思いはあっても、とても夕食を作る気力も時間もない親御さんも多いのです。
 その人が1人暮らしだったら「今日は疲れたし、おなかもすいてないから」と、夕飯を抜いても構わないのです。でも子どもがいたら、そういうわけにはいきません。
 経済的に困窮していると、自己肯定感が低くなりがちです。弁当で済ませる自分を「全然ダメな親」と思ってしまう。
 でもコンビニ弁当は100点ではないかも知れませんが、0点でもない。とにかく子どもを飢えさせなかったのだから、親として最低限のことはやった。「疲れていたのに、頑張ったね」と、言ってあげたいと思うのです。
 どんな親でも、どんな子でも、頑張っている面が必ずあります。それを見つけて言葉にして伝えることで、本人に「自分だって少しは頑張った」という事実に、気付いてもらう。そうすることで、ほんの少し自己肯定感が高まり、前に進む力になるかもしれません。
 困窮する親子ほど地域で孤立しがちです。医療機関が社会との唯一の接点という親子もいます。だからこそ看護師や事務職員、医師が、そっと寄り添う言葉をかける。そのことで「あそこの病院の人たちは、私のことを分かってくれている」と思ってもらえたら、孤立解消の第一歩にはなるのではないか。医療機関ができることは、少なくないと思うのです。(小児科医・個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【3】500円が払えない

 アトピー性皮膚炎のため、私が勤務する小児科に通院していた4歳のユカリちゃん。赤ちゃんの頃は重い卵アレルギーもあって、大変な状況でしたが徐々に改善。食事の制限もいらなくなり、軟こうを小まめに塗れば、肌はほぼきれいな状態になっていました。
 園医として、ユカリちゃんの通う保育園の健康診断をした時です。体中にひどい湿疹が広がり、あまりのかゆさに、かきむしったような傷も目立ちます。「おかしいなあ、きれいになっていたのに。それに、この半年ほど診察に来ていない気がする」。また受診するよう勧めました。
 翌週、ユカリちゃんを連れて来院したお母さんに「どうしていたんですか?」と聞くと、「お金がなかったので…」。聞けば、新型コロナウイルスの影響でお父さんの収入が減り、受診できなかったというのです。「そうだったんだ。つらかったね」
 各自治体には、子どもの医療費を助成する制度がありますが、自治体によって助成の対象や額に差があります。私の地元・長野県では、かつては窓口でいったん医療費の2~3割を支払い、後日戻ってくる仕組みでした。それが2018年から、1回500円(一部自治体を除く)を支払うシステムに変わりました。大きな前進ですが500円の負担が残りました。「500円くらい、払えないことは、ないだろう」。そう思う人が多いのではないかと思いますが、ユカリちゃん親子のように、かかれない人は現にいます。それは、最も困窮していて、しかし支援の手が届いていない人たちです。
 子どもの医療費は、全国どこでも完全窓口無料にすること。貧困対策としても、優先度が高い課題だと思います。(小児科医・個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【4】何も見えていなかった

 ケイコさんは、7歳と5歳の子がいるシングルマザー。3人ともぜんそくで、何年も前から私が診ており、定期的に通院する必要がある状態でした。でも予約の日にはいつも来なくて、発作を起こすと駆け込んでくる。
 そのたびに私は「なぜ定期通院が必要か」を話し、彼女は「分かりました」と答えて帰る。でも次の予約日にもやっぱり来ない。私は「困ったお母さんだなあ」と、半ばさじを投げていました。2010年のことです。
 当時、子どもの約6人に1人が困窮状態にあるとされ「子どもの貧困」という言葉も、見聞きするようになっていました。でも私の患者さんには思い当たる子はいません。私は「いないのではなく、見えていないだけなのかも」と、モヤモヤした気分でした。
 そんな時、ある勉強会で「定期通院に来ない人の背景には貧困があるのではないか、と考える必要がある」と聞き、ケイコさん親子が浮かびました。
 しばらくして、発作を起こした下の子を連れて来たケイコさんに、思い切って尋ねてみました。「お母さん、予約の時にいつも来ないのは、もしかして経済的に大変だからですか?」。私は内心「こんな立ち入ったことを聞いても、いいんだろうか」と、ドキドキしながらでした。
 すると「そうなんです。毎回の薬代が3人分で8千円になるので、給料日の直後でないと払えなくて…」。収入は月11万円ほど。生活はかなり切り詰めている様子だったのです。
 私はかかりつけ医として3人の状況をよく分かっているつもりでした。でも何も見えていなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいでした。同時に子どもの貧困問題を、本気で考えていこうと思ったのです。(小児科医、個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【5】困難に気づく「サイン」

 6歳のサヤカさんがぜんそくの発作を起こし、母親のミキさんに連れられて受診に来ました。かなり症状は重く点滴を勧めました。ミキさんも「私もぜんそくの発作があって、昨夜は眠れなかったんです」と、かなり苦しそうです。一緒に点滴をしましたが、2人とも改善しません。
 「入院が必要ですね」と提案すると、ミキさんはすぐに「いえ。明日、パートの仕事があるから入院はできないんです」。提案をはねつけるかのような言動に、つい私は内心で「呼吸が苦しくて寝付けない状態なのに、仕事だなんて。何を考えているんだ」と、いらついてしまいました。
 「じゃあ、もう1本、点滴をしながら様子を見ましょう」と、ひとまず引き取ることに。点滴の間に、別室で看護師が彼女の話にじっくり耳を傾けました。
 家族で多額の借金を抱え、夫は正社員の仕事の他に二つもアルバイトをしていること。彼女も返済への焦りや不安があり「自分も、とにかく稼がなければ」と漏らし、自身の体調を冷静に考える余裕もない様子でした。私が診察時、つい「わけの分からない人だ」と決め付けてしまったミキさんには、切羽詰まった事情があったのです。
 彼女に限りません。医師や看護師の話を聞かない、あいさつもしない、約束を守らない…。そんな患者さんに接すると、つい「困った人だ」と否定的な感情を抱きがちです。結果、患者さんが直面する困難にまで思いが至らない。
 私は、そうした失敗や反省を重ねる中で、こう確信しています。自分が否定的な感情を抱く相手の言動の裏には、必ず何らかの理由がある。経済的な困難を抱える場合も多い。「問題だ」と感じてしまう言動こそ、それに気づくサインに他ならないのです。(小児科医、個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【6】なぜ助けを求めないのか

 「どうして『助けて』と言ってくれないのだろう」。長年、小児科医として困窮する親子に接する中で、疑問に感じていました。子どもの受診で来院し、その日の食事に困っていても、支援を求めるそぶりを見せない親がほとんどだったからです。
 そもそも多くの親御さんは、経済的に困っていても「病院で相談することではない」と思っています。孤立して頼る相手がおらず、どこに相談すればいいのか分からない親も珍しくありません。親自身が発達障害などを抱え、自分の状況をうまく言葉にできないケースもあります。
 でもSOSを出さない理由として見落とせないのは、困窮する人たちの心理状態です。格差や貧困の問題に詳しい作家の雨宮処凛(あまみや・かりん)さんの本に、次のような趣旨の文章があり納得しました。
 人が「助けて」と言えるには、二つの条件が必要。一つは、自分は助けてもらうに値する存在だという「自己肯定感」があること。それに、他人や社会に対する最低限の「信頼感」を持っていること。そして貧困は、たやすくこの二つを人から奪ってしまう―。
 最低限の信頼感とは何でしょうか。それは「助けを求めれば、何とかなると思える」ことでしょう。でも、私がこれまで出会ってきた困窮する親の多くは、こんな経験ばかりしています。「助けを求めても、どうにもならなかった」「『そんなの自己責任だ』と言われ惨めな思いをした」…。
 だから、そう簡単には「助けて」と言えないのです。それでも、あまりにつらい状況ゆえ、いろいろな形でSOSを発信してくれます。一見、分かりにくかったり、ともすると相手を不快にする言動だったりします。そうした「サイン」に気づき、いかに支援につなげるか。彼らにとって数少ない社会の接点である、医療関係者に必要な視点です。(小児科医・個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【7】多職種で知る親子の背景

 外来診療が終わり、患者さんたちが帰った昼下がり。私が勤務する小児科では、ミーティングを行います。その日、気になった親子についての情報共有が目的です。参加するのは事務職員や看護師、医師。時には病児保育室の保育士やリハビリスタッフも参加します。
 「あのお母さん、気になったんだけど」「仕事を掛け持ちして、すごく忙しいようです」「あの子、かなり落ち着きがなくて、お母さんが振り回されている感じ」…。プライバシーの保護には十分注意しつつ、全員が率直に意見交換します。
 待合室での親子の様子や会計時のやりとり。病児保育室で子どもが漏らした一言…。診察室では見えない表情や言葉を知るにつけ「医師だけでは、とても把握しきれない」と実感します。
 ある時、看護師が診察を終えた子の母親に電話番号を確認しました。「でも今、止められているんです」と漏らすので、理由を聞けば「料金が支払えなくて…。実は、今夜食べるお米もないんです」。身なりからは、そこまで困窮しているとは想像できなかったので驚きました。
 ミーティングで共有される情報の多くは、ささいなことです。1回の診察で分かることも限られ「次回、もう少し聞いてみよう」という展開になります。でも、それを集めていくと困難を抱える親子の実情が浮かび上がってきます。
 抱える問題に応じて病院内のソーシャルワーカーや、地域の関係機関、制度につなぎます。その積み重ねの中で、病気のこと以外でも相談しやすい関係が築かれます。
 困窮する親子ほど孤立しがちです。医療関係者は貧困をすぐに解決できませんが、こうした関係をつくることで、孤立解消の第一歩になればと思うのです。(小児科医、個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【8】自分の命、諦めないで

 ユキオさんという50代の男性が、私が勤務する病院の外科にかかりました。数カ月前から便に血が混じり、下腹部の痛みがだんだんひどくなって、どうにも我慢できなくなったというのです。
 「先生、俺、がんなんでしょう?初めからそうじゃないかと思っていたんです」。ユキオさんの言葉に担当医は思わず「だったらどうしてもっと早く来なかったんですか?」と聞いたそうです。「失業中でね。お金がないんです」
 担当医は「うちでは無料低額診療(無低診)という制度が使えるので、お金がなくてもかかれるんですよ」と助言。すぐに入院してもらって手を尽くしましたが、ユキオさんは進行した大腸がんでした。手遅れで、半年後に亡くなりました。
 「がんかもしれないと思ったのに医者にかからないなんて、信じられない」と思う方も多いのでは。しかしユキオさんのように経済的な理由で受診せず、手遅れになる例は決してまれではありません。新型コロナウイルス禍では増えているはずです。
 無低診は、困窮する人が無料または少しの自己負担で受診できるよう、全国で約730カ所の医療機関が導入。約710万人が利用しています(いずれも2020年度実績)。国民健康保険料を払えなくて、保険証を取り上げられた。保険証はあるが、自己負担分が工面できない…。そんな事情を抱える人にも医療を保障する制度ですが、あまり知られていません。
 子どもは医療費助成制度で、大きな負担なくかかれる場合が多いですが、そのお父さんお母さんが、自分の病気は我慢しているということはよくあります。無料低額診療をぜひ多くの方に知っていてほしい。自分の命を諦めないでほしいのです。(小児科医、個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【9】歯は食いしばっていない

 「つらいことばかりだけど、歯を食いしばって頑張っている」。小児科医として貧困問題に取り組んでいると言うと、そんなイメージで見られることがあります。でも私にはそんな気持ちは全くありません。むしろ、誤解を恐れずに言えば「結構、楽しい」のです。なぜなら、ストレスが納得と感動に変わる瞬間が、日々あるからです。
 ケンタ君(5)とコータ君(3)の兄弟を育てる、シングルマザーのユウさん。兄弟が小児科の待合室にやって来ると、少し離れた診察室にいてもすぐ分かります。とても騒がしくなるからです。けんかしたり受付のパソコンを触ってみたり。ユウさんは、そんな兄弟を怒鳴りつけてばかり。
 心配した看護師と事務職員が、親子のアパートを訪問。じっくり聞いたユウさんの歩みは、想像を超えていました。19歳で妊娠し親の反対を押し切って結婚したけれど、次男を出産した後、夫の暴力がひどく離婚。
 以来、昼間はコンビニで勤務。夜は週3回、託児所に兄弟を預け、キャバクラで未明までアルバイト。2時間ほど仮眠したら、兄弟を迎えに行って朝食を食べさせ、保育園に送り出す。
 バイト明けの日の夕方は、さすがにへとへと。そんな時に子どもたちが騒ぐと「いらついて、つい手が出てしまう」そうです。虐待は容認できませんが、「ユウさん、そんなに頑張っていたんだ」と驚き、感動すら覚えました。「普段、余裕がなくても無理はないな」と納得もします。
 そこから支援が始まるのですが、親子の「物語」を知ると、それまでの「問題のある母親」と思い込んでいた私のストレスが、納得と感動に変わる。だから「歯を食いしばっているわけではない」のです。(小児科医、個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【10】やつれた母は泣き崩れた

 風邪をひいたユウト君(5)を連れ、私が勤務する小児科を訪れた母親のミサエさん。あまりにやつれた彼女の表情に驚き、私は「お母さんは大丈夫?」と聞きました。その途端、ミサエさんは、わっと泣き崩れたのです。
 すぐに病院の医療ソーシャルワーカーにつなぐと、彼女がひどい家庭内暴力を受けてきた状況が見えてきました。夫から「おまえがグズだから」と暴言を浴びせられ、「自分が悪いんだから仕方がない」と思い込んだそうです。顔に傷が付くと周囲に気づかれるため、おなかや胸を殴られる日々。耐えかねてユウト君と逃げたそうです。
 「逃げても必ず見つけ出して、ひどい目に遭わせてやる」。夫の言葉におびえ、部屋のカーテンも開けられずにいたミサエさん。たまにユウト君を公園に連れて行っても「見つかってしまうかも」と、恐怖に駆られる。精神的に参ってしまい、仕事にも行けなくなり困窮。そんな時に小児科を訪れたのでした。
 ミサエさんは精神科の受診に加え、生活保護の利用も必要な状態だと判明。ただ保護を受けることには抵抗感を抱いていたため、私は「生活保護は権利です。ご自分とユウト君の生活と健康を守るため、胸を張って受けましょう」と背中を押しました。結局、彼女は提案を受け入れて、生活も安定。徐々に表情も変わってゆきました。
 子どもを診るのが小児科とはいえ、親御さんの様子の方が気になるケースは日常茶飯事です。困窮し地域で孤立しがちな親子にとって、医療機関は数少ない社会との接点です。しかも学校や保育園ほど頻繁には行かないため、適度な距離感があり、相談しやすい人もいるはず。だからこそ「病気のこと以外も相談に乗ります」という姿勢を積極的に示したいのです。(小児科医、個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【11】支援の乏しさ、現場で実感

 「離婚しなければよかったんでしょうか」。小学1年の娘を連れて小児科に来たミズキさんが、つぶやきました。夫の暴力から逃れ離婚した後、介護の仕事で何とか生計を立てているそうです。基本給は低く、夜勤や土日のシフトに入れないため手当も付きません。
 母子2人でぎりぎりの生活ですが、親戚からは「そうなると分かっていて離婚したんでしょ。いまさら泣き言なんて」と非難され、頼れません。「この子が将来『大学に行きたい』と望んでも、この収入では無理。私が我慢しておけば…」
 そんな葛藤や苦境を、ミズキさんは小児科のスタッフに打ち明けてくれました。子どもにとって母親が暴力に耐える家庭などいいはずはなく、離婚は当然です。問われるべきは、ミズキさんのような子育て世帯への支援の乏しさでしょう。
 小児科の現場にいると日々、この国の政策の貧しさを実感します。ひとり親でも1日8時間・週5日働けば、普通に暮らせる。子どもが望めば「奨学金」という名のローンを背負うことなく、大学まで進める。それがまともな社会のはずです。
 それで思い出すのはスウェーデンの大学教授、アネリ・イバルソンさんの講演です。2018年、私が実行委員長を務める「貧困と子どもの健康研究会」で、母国の状況を報告してくれました。子どもの貧困率は「上昇傾向にある」ものの大学までの授業料は無償。子育て世帯への補助金も手厚いそうです。スウェーデンだったら、ミズキさんと同じ状況に陥っても悩む必要はないのです。
 経済協力開発機構(OECD)などが公表している子どもの貧困率は、スウェーデンが8・8%(20年)で、日本は13・5%(18年)です。数字の差以上に、両国の実態はかけ離れていると感じました。(小児科医、個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)

【12】心を寄せる一人になる

 子どもの貧困の問題に取り組んで、十数年になります。その間、不思議そうな表情で、こう質問される方もいました。「どうして小児科医が?」
 なぜなら、目の前にいる子を体の病気という側面からだけではなく、丸ごと捉え、健やかな成長を応援したいからです。心の状態や家庭環境、保育園や学校での様子。さらには社会状況まで視野に入れながら、一人一人の子と向き合いたいと思っています。
 近年、小児医療の世界では、子ども期の「逆境体験」の影響が注目されています。例えばネグレクト(育児放棄)などの虐待を受けた。親が精神疾患だった。家庭内暴力を目の当たりにして育った…。どれも困窮する家庭の子が直面しがちな問題です。ある調査によれば、そうした体験により、大人になってから、心疾患やがん、脳卒中やうつ病などにかかるリスクが高まるそうです。
 逆に「良い体験」は、そのリスクを下げるという報告もあります。例えば「親以外で、自分に関心を持ってくれる大人が少なくとも2人はいた」という体験をしている子どもは、精神的な問題が起こるリスクが4割ほど減ったということです。
 逆境体験の背景にありがちな貧困をぜひなくしたいと思いますが、時間がかかります。でも私たち医療者が日々、接点のある子に心を寄せ親の話も良く聴く。そして「頑張ってるね」「応援してるよ。何かあったら言ってね」といった言葉をかける。
 それで子どもが「あの病院のお医者さんや看護師さんは、自分を心配してくれる。相談にも乗ってくれそうだ」と感じてくれるなら、健康づくりにつながるでしょう。既に多くの医療者が実践していることです。医療機関が「病気のこと以外でも、困ったら頼れる場所」として地域に存在する。それ自体が孤立しがちな親子の支えになると思うのです。(小児科医・個人情報保護のため名前など事例の一部を修正しています)